千里ニュータウン

藤白台の府営住宅 第2期建て替えを3グループが提案

大阪府は、千里ニュータウンの大阪府営吹田藤白台住宅(吹田市藤白台3丁目および1丁目)を建て替えるPFI事業「大阪府営吹田藤白台住宅(第2期)民活プロジェクト」を推進していますが、入札に参加する事業者が決まり、このほど大阪府が公表しました。大和ハウス、東レ建設、長谷工コーポレーションがそれぞれ代表の3グループです。 続きを読む 藤白台の府営住宅 第2期建て替えを3グループが提案

千里ニュータウン 続々と建て替わる団地について

吹田市と豊中市にまたがる日本最初のニュータウン「千里ニュータウン」では、団地の建て替えが進んでいます。1962年のまちびらきから50年を超え、建物も築40年を超えるものが多くなり、少子高齢化も進んでいる街を若返らせるべく、2005年頃から建て替えられ始めました。 続きを読む 千里ニュータウン 続々と建て替わる団地について

高野台の千里緑地でヒメボタルが発光中

吹田市高野台と山田西の境界部分にある「千里緑地」で、大阪府の準絶滅危惧種、吹田市の天然記念物に指定されているヒメボタルが発光しています。今年は、例年より1週間早くピークを過ぎてしまったようですが、わずかながらまだ発光しているようです。

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「千里南町メゾネット」が建て替え 千里NT最後のメゾネット建築

住友不動産は、豊中市の千里ニュータウン内にある集合住宅「千里南町メゾネット」を建て替える計画を進めているようです。

千里南町メゾネットは、大阪万博翌年の1971年(昭和46年)に建設されたメゾネット型の共同住宅です。大阪府住宅供給公社が2棟構成で計104戸を分譲しました。名前の通りメゾネット構造で、各戸が2フロアで構成されています。 続きを読む 「千里南町メゾネット」が建て替え 千里NT最後のメゾネット建築

北千里の紅葉名所 三色彩道

阪急北千里駅から藤白台方面に延びる「三色彩道」は、赤、黄色、緑の三色のグラデーションに紅葉する並木は、千里ニュータウン内の生活道路でありながら、シーズンには多くの人々が足を止める随一の紅葉名所にもなっています。

撮影日 2014年11月
撮影地 吹田市藤白台

吹田市紹介

吹田市の位置吹田市は、大阪府の北部の北摂地域に位置し、大阪市、豊中市、茨木市などに隣接しています。市の北部は、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)の際に開発された千里ニュータウンの一部で、府内でも転入の希望者が多い地域の1つになっています。

吹田市には、名神高速道路、中国自動車道、近畿自動車道に接続する吹田インターチェンジがあり、大阪市内へ接続する鉄道が4路線通るほか、大阪空港(伊丹空港)へのアクセスも容易であるなど、至便な交通条件にあります。

吹田市の歴史

吹田の地名は「行基年譜」の「次田堀川(すきたのほりかわ)」とあるのが初見で、平安時代前期に「清住寺領吹田庄」の成立が12世紀末に書かれています。

明治22年(1889年)に、地下水が豊富で水運のよい吹田に、現アサヒビール工場が開設、大正12年(1923年)には国鉄吹田操車場が操業を開始し、”ビールと操車場の町” といわれるようになりました。大正10年(1921年)には、大阪市内とを結ぶ北大阪電鉄も開通し、大阪市の商況業の発展にともない、近郊住宅街として開けました。

明治41年(1908年)に町政を敷いた吹田は昭和15年(1940年)に豊津村、岸辺村、千里(ちさと)村と合併、人口6万3181人の吹田市が誕生しました。戦後、昭和28年(1953年)に下新田と、同30年(1955年)には山田村と合併して現在の市域に。これらの合併が千里ニュータウンや万博、大学用地としての新しい時代に基礎となりました。

2000年には市制施行60周年を迎え、さまざまな記念行事が開催されました。さらに2001年には「特例市」となり、これまで以上に地域の実情や環境に応じたまちづくりを進めることができるようになりました。